Abaut Samurai label
ー1977ー 日本を震撼させた幻のモンスターバンド "SOOO BAAD REVUE" 解散。
それから約50年の時を経て、途方もない音楽的衝撃が解き放たれる。
70年代の日本の音楽シーンの「中心軸(屋台骨)」として君臨し、孤高の天才と謳われた伝説のピアニスト / 鍵盤奏者がいた。
半世紀にわたり誰にも媚びず、ミュージシャンとしての生き方と音楽性を貫き通す中で、彼は極限にまで研ぎ澄ませてきた「世界基準のグルーヴ」と「揺るぎない音楽的基盤」を完成させて来た。
その絶対的な音楽が今、半世紀の沈黙を引き裂き、世界を揺るがす圧倒的な衝撃となって噴出する。
これを一切の妥協なく世界へ直接提示し、魂を揺さぶるための絶対的な牙城。
それが「SAMURAI LABEL Inc.」である。
その本拠地となるのは、アマテラスの故郷である糸島から博多湾岸。
あらゆる分断や混沌を浄化し、大いなる調和へと昇華させる「蘇りの神話の地」であり、奇跡的に東洋と西洋の融合(Aufheben)を起こす特別な場所、それが「筑紫」だ。
今、この特異な土地のエネルギーと一体化し、『東と西の垣根を乗り越えた地球的シンフォニー』を世界へ放つ奇跡の「陣営」が、国府利征の旗印のもとに集結した。
Samurai Label Members

結城 芽久美 "Megumi Yuuki" (代表 / President & CEO )
「感性と経営の調和を司り、アーティストの魂を世界へ解き放つリーダー」
SAMURAI LABEL Inc.の代表として、レーベルのビジョン策定から経営戦略、グローバル展開の指揮までを統括する。アーティストの純粋な表現欲求と、それを世界基準の価値へと昇華させるビジネス的視点を高い次元で融合させる独自のバランス感覚を持つ。「いかなる厳冬も、やがて春へと転ずる」というレーベルの精神的支柱を経営の根幹に据え、確かな実績を積み上げてきた。
ー 2025年1月5日 ー
SAMURAI LABELを立ち上げる。
ー 2025年3月29日 ー
イギリス・リバプールの『Ditto Music』より、福岡・筑紫の地から世界100ヶ国以上へTHE SUPER 3の配信を開始させる。
ー 2025年4月28日 ー
当レーベルを法人化し、SAMURAI LABEL合同会社を設立。世界最高峰のCDプレス工場(ドイツ・OM社)とのダイレクトな交渉を成立させる等、国内メガバンクの厳しい審査をクリア。設立1年未満の新興レーベルとしては異例の速さで法人口座を開設し、新鋭レーベルとしてのポテンシャルを最大限に引き出した。
ー 2025年6月 ー
配信開始からわずか3ヵ月足らずで「ナット・キング・コール」ら世界の巨星と共に国際プレイリストへの複数ノミネートを勝ち取るという快挙を成し遂げる。
アーティストの魂を尊重し、その真価を世界へ届けるための「牙城」を守り抜くリーダーとして、SAMURAI LABEL Inc.の躍進を牽引し続けている。

国府 利征 "Toshiyuki Kokubu" ( Music Producer / Pianist / Composer / 業務執行役員 )
「半世紀の現場と音楽理論を融合させ、グルーヴの真理を射抜く求道者」
13歳で「神童」と謳われ、15歳でプロとしてのキャリアを開始。日本のブルース黎明期から、ウィーピングハープセノウ、山岸潤史、Char、久保田麻琴 & SUNSET GANG、上田正樹、尾崎豊、アンルイス、細野晴臣、村上ポンタ秀一、ルイス・ジョンソン等の歴史的レコーディングやセッションを重ね、L.A、ハワイでの録音、モントレー・ジャズ・フェスティバル出演など、日・米・欧の現場を渡り歩いてきた。
ー 1970年代 ー
日本を震撼させた幻のモンスターバンド「SOOO BAAD REVUE」の伝説的ピアニスト / 鍵盤奏者として名を馳せ、現在は「THE SUPER 3」のメンバー / プロデューサーとして活動。
ジェームス・ギャドソン、スライ&ロビー、ルイス・ジョンソン、ジョージ・デューク、デヴィッド・T・ウォーカー、ウォルター・ビショップJr.といった世界の頂点と音を交わし続けてきた圧倒的な現場経験。それに加え、パウル・ヒンデミットの「拡大和声」理論を「東洋思想」の観点から深く研究し、音楽を3次元の自然の摂理として捉える独自の手法を確立した。
その探求の成果は、配信開始直後からTHE SUPER 3の秘蔵音源が世界100ヶ国以上に響き渡り、歴史的な世界の巨星たちと肩を並べる国際的評価を獲得するという形で証明されている。
SAMURAI LABEL Inc.の音楽的核(コア)として、一切の妥協を排し、日本から世界へ「本物」の音を突きつけ続ける陣頭指揮官である。

国府 里枝(旧名:田中 千鶴)Rie Kokubu / Chizuru Tanaka (執行役員 / Sales Manager / THE SUPER3 Manager
「日米韓の音楽史を中枢で支え、アーティストの魂を覚醒させる至高のマネージメント」
日本の音楽業界において、四半世紀以上にわたりその「中枢」で手腕を発揮し続けてきたプロフェッショナル。彼女のキャリアの真髄は、単なるマネジメントの枠を超え、アーティストの潜在能力を極限まで引き出し、世界基準の成功へと導く「環境構築と戦略」にある。
ー 1990年代 ー
その実績の核心にあるのは、全米から“Mr. Yellow Blues”とリスペクトされた伝説のブルースシンガー・大木トオル氏のマネジメントである。ニューヨークを拠点に全米を動かしていた大木氏とアメリカ黒人音楽界の巨星たちが築き上げた歴史的プロジェクト。その巨大なビジョンを日本国内で成立させるべく、マネジメントの全責任を担っていたのが国府里枝(当時:田中千鶴)である。
彼女は、突出した偉業を「枠」に収めようとする日本特有の保守的な業界体質や偏見にも一歩も引かず、ベン・E・キング、アルバート・キング、スタッフといった世界のレジェンドたちが関わるプロジェクトを日本で着実に完遂。本場のシビアなビジネスの熱量を肌で感じながら、国内レコード会社から巨額の予算を引き出し、動員を成功させてきたその手腕は、まさに日本が世界に誇るべきマネジメントの鏡といえる。
ー 1996年以降 ー
特筆すべきは、ピアニスト国府利征との歩みにおいて発揮された、他に類を見ない「A&R」および「アーティスト・デベロップメント」の能力である。彼女は国府の比類なき才能を見抜き、精神・環境の両面から徹底した支柱となることを決意。アーティストが一切の不安なく技術向上と創作にのみ専念できる強固な制作環境をデザインし、維持し続けた。
この献身的な環境構築によって国府は研究に没頭することが可能となり、パウル・ヒンデミットの理論と東洋思想を融合させた独自の表現形態(東西融合)を構築するという、未曾有の深化をもたらした。その象徴的な結実こそが、代表曲『Spring Flower』であり、THE SUPER 3の1stアルバム『THE SUN OF A NEW BEGINNING』へと繋がっている。
ー 2025年1月5日 ー
SAMURAI LABELの発足。世界100ヶ国以上への波及と国際的な快挙の背景には、長年にわたりレーベル成立の絶対的基盤を築き上げてきた国府里枝の卓越したマネジメントが存在する。アーティストの真の価値を市場へと浸透させる、その泥臭くも確かな育成手腕。SAMURAI LABELが世界市場において確固たる信用と期待を集めていくための、強靭な根幹がここにある。
■ 具体的な実績と歩み
ー 1987年9月 ー
大木トオルと、「スタンド・バイ・ミー」の作者であるベン・E・キングのジョイント・アルバム『I’LL BE ALRIGHT』のリリースに関わる。
ー 1990年12月 ー
大木トオル 8度目の日本公演(ゴードン・エドワーズ&スタッフII)の日本側マネジメントを担当。
ー 1991年 ー
ニューヨークにて、第33回グラミー賞TVスペシャルにゲスト出演。
ー 1991年 ー
美空ひばりの要望により大木トオルが作詞・作曲した幻の曲「魂のかけら」を、パティ・キムの歌唱によりリリース。日本側でのメディア対応やマネジメントを指揮。
ー 1991年11月 ー
引き続きベン・E・キングとのスーパーデュオ「The MANHATTAN Brothers」を結成し、全国9箇所のコンサートツアーとアルバムリリースを、日本側のマネジメント責任者として支える。
ー 1992年 ー
大木トオル25周年記念ライブハウスツアーを自ら企画。事務所の猛反対や新人・女性への偏見を撥ね除け、レコード会社の副社長へ直談判。「原点回帰」を掲げ、アーティストを次の高みへ引き上げるという強烈な熱意と覚悟によって前代未聞の予算を引き出し、全公演満席・黒字化という歴史的大成功を収めた。
ー 1992年3月 ー
初の日本語シングルCD「悲しい歌」をリリース。
ー 1996年 ー
国府利征(a.k.a. 輝幸)のマネジメントを開始。高度な音楽理論研究と膨大な練習量を支えるための制作環境を構築し、世界基準の音楽性へと昇華させる「アーティスト・デベロップメント」を完遂。数々の名曲誕生の礎を築く。
ー 2001年5月26日 ー
国府利征 音楽生活35周年記念コンサート『Winds Of Asia 2001』のマネジメントを担当。東京・原宿にて、延べ8時間に及ぶ伝説的なコンサートを無事に完遂。以後、「Winds of Asia Project」のマネジメントを開始し、国府の音楽的探求とさらなる活動の飛躍を強固に支え続ける。
ー 2012年8月19日 ー
THE SUPER 3の『OKITSUMO JAZZ FESTIVAL』出演およびライブレコーディングにあたり、現場マネジメントとして同行・サポート。
ー 2014年 ー
東京と大阪でのTS3初のライブパフォーマンスでフル満員し、多大な批評的賛辞を受け注目を浴びる。
ー 2016年 ー
東京、大阪、その他の場所でのTS3のライブパフォーマンスにおいて、営業とプロモーションを指揮し、裏方から常にフル満員の成功を支え続ける。
ー 2025年 ー
SAMURAI LABEL Inc.の立ち上げに伴い、執行役員およびセールスマネージャーに就任。長年の環境整備によって培われた「世界クラスの音楽」を、戦略的マネジメントを通じてグローバル市場へと展開していくという重責を担う。
